カオス時系列解析 - 序論 -

カオス現象(決定論カオスの場合)

  • カオス現象:時系列を生成するシステムが決定的であるのにも関わらず,システム自体の非線形性によって,あたかもランダムな時系列と同じような時系列が生み出される現象.
  • このような時系列に対し,主に使用される時系列解析法である周波数解析や線形モデリング手法(AR,MAモデル)といった線形理論に基づく解析が不適切な場合が出てきた.
  • システムの非線形性によって生成された時系列の特徴を線形理論に基づく解析では「ノイズ」とみなし,無視し続けてきた可能性がある.
  • カオス時系列解析は「ノイズ」とみなされてきた部分に,システムの非線形性が寄与している可能性を考慮にいれて解析を行う.

カオス時系列の例:

まず,カオス時系列の例とランダムな時系列を見てみる.

import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt

# システム:ロジスティックマップ
def system1(x):
    return 4 * x * (1 - x)

t_len = 1000

# ロジスティックマップが生成する時系列
x0 = 0.2
xs = [x0]
for t in range(t_len):
    x = system1(xs[-1])
    xs.append(x)
    
# [0,1)の一様乱数
np.random.seed(111)
r_xs = np.random.uniform(0,1,t_len)

plt.subplot(2,1,1)
plt.plot(xs, lw=0.5)
plt.ylim(-0.1,1.1)
plt.subplot(2,1,2)
plt.plot(r_xs, lw=0.5)
plt.ylim(-0.1,1.1)
plt.show()

f:id:richard392742:20180918050021p:plain

上がロジスティックマップと呼ばれるシステムから生成される時系列.
下が区間[0,1)の一様乱数.
パッと見,上もランダムな時系列に見えるが,これはシステムにより決定論的(確率的ではない)に得られたものである.
このような時系列がカオス時系列である.

※ロジスティックマップは以下で表される力学系(システム)である. $$ x_{t+1} = ax_t(1-x_t) $$ $a \in [0,4]$の値によって安定不動点,周期解,カオスと振る舞いが変化する.
参考:
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E5%86%99%E5%83%8F

次に両時系列のパワースペクトル密度(PSD)を求めてみる.

plt.figure(figsize=(10,4))
plt.subplot(1,2,1)
plt.psd(xs, Fs=1)
plt.subplot(1,2,2)
plt.psd(r_xs, Fs=1)
plt.subplots_adjust(wspace=0.5)
plt.show()

f:id:richard392742:20180918050025p:plain

右がロジスティックマップ,左が一様乱数によるPSD. PSDを見ても明確な違いを見出すことは難しい.

さらにAR(p)モデルの係数を見てみる.

from statsmodels.tsa.ar_model import AR

ar1 = AR(xs).fit(ic='aic')
ar2 = AR(r_xs).fit(ic='aic')

print('AR coefficients of logistic map:', ar1.params)
print('AR coefficients of uniform:', ar2.params)
AR coefficients of logistic map: [0.49164474 0.01590249]
AR coefficients of uniform: [ 0.51560335 -0.04973176]

上がロジスティックマップ,下が一様乱数によるAR係数.AR係数でも両者の違いを見出すのは難しい.

リターンマップによる可視化

1次元時系列$x(t)$を2次元状態空間$(x(t),x(t+1))$にプロットした図をリターンマップといい,カオス時系列にはしばしば用いられる.
先程の時系列をリターンマップで見てみる.

plt.figure(figsize=(10,4))
plt.subplot(1,2,1)
plt.scatter(xs[:-1],xs[1:],s=1)
plt.xlabel('x(t)')
plt.ylabel('x(t+1)')
plt.subplot(1,2,2)
plt.scatter(r_xs[:-1],r_xs[1:],s=1)
plt.xlabel('x(t)')
plt.ylabel('x(t+1)')
plt.subplots_adjust(wspace=0.5)
plt.show()

f:id:richard392742:20180918050029p:plain

右がロジスティックマップ,左が一様乱数によるリターンマップ. 両者の違いは一目瞭然である.
このようにカオス時系列解析での手法を使用すると,線形理論に基づく解析でわからなかった特徴を抽出することができる.

リターンマップはシステムによる$x(t)$から$x(t+1)$への写像を図示している.
例えば右のリターンマップの時系列を生成しているロジスティックマップの方程式は$x(t+1)=-4{x(t)}^2+4x(t)$であったが,この関係はリターンマップに良く表れている.

決定論的カオスの特徴

  1. 軌道不安定性:初期値に与えた変位が指数的に拡大する性質.つまり,初期値として与えた2点が時間経過とともに指数的に離れていく.この差の拡大率はリアプノフ指数という指標で定量化される.
  2. 長期予測不安定性:1.の性質から,無限大の精度で初期状態を観測しない限り,観測誤差は指数的に増大してしまう.ゆえに長期的な予測は実現不可能である性質.
  3. 有界性:非線形効果により,有界な領域に解が常に存在する性質.1.で変位は指数的に増大するものの,発散はしない.力学系の(十分時間が経過した)解軌道の集合のことをアトラクタという.
  4. アトラクタのフラクタル性,自己相似性:カオス力学系のアトラクタの幾何学的な構造は多くの場合自己相似性(フラクタル構造)をもつ.自己相似性はフラクタル次元と呼ばれる非整数の指標で定量化される.
  5. 非周期性

カオスが存在する実データ

  • 神経応答,脳波信号:「合原 一幸. "ニューラルシステムにおけるカオス". 東京電機大学出版局, March 1993」,「池口 徹,合原一幸,伊東 晋,宇都宮敏男. "カオスニューラルネットワークの次元解析", 電子情報通信学会論文誌 A, Vol.J73-A, No. 3, pp. 486-494 (1990).」,「池口 徹. "脳波とカオス" 数理科学, No.381 (1995年3月号), pp.36-43, サイエンス社 (1995年2月).」,「IKEGUCHI, Tohru, et al. "An analysis on Lyapunov spectrum of electroencephalographic (EEG) potentials." IEICE TRANSACTIONS (1976-1990) 73.6 (1990): 842-847.」
  • 心電図:「Richter, Marcus, and Thomas Schreiber. "Phase space embedding of electrocardiograms." Physical Review E 58.5 (1998): 6392.」
  • 工学システム:「合原 一幸. "カオス―カオス理論の基礎と応用". サイエンス社, September 1990.」,「合原 一幸(編). "応用カオス―カオスそして複雑系へ挑む". サイエンス社, June 1994.」
  • 経済活動:「寺崎健, et al. "経済時系列データの決定論非線形ダイナミカル特性に関する解析." 電子情報通信学会論文誌 A 78.12 (1995): 1601-1617.」
  • 音声信号:「Mende, Werner, Hanspeter Herzel, and Kathleen Wermke. "Bifurcations and chaos in newborn infant cries." Physics Letters A 145.8-9 (1990): 418-424.」,「Herzel, Hanspeter. "Bifurcations and chaos in voice signals." Applied Mechanics Reviews 46.7 (1993): 399-413.」,「Narayanan, Shrikanth S., and Abeer A. Alwan. "A nonlinear dynamical systems analysis of fricative consonants." The Journal of the Acoustical Society of America 97.4 (1995): 2511-2524.」,「Tokuda, Isao, Ryuji Tokunaga, and Kazuyuki Aihara. "A simple geometrical structure underlying speech signals of the Japanese vowel/a." International Journal of Bifurcation and Chaos 6.01 (1996): 149-160.」,「Kumar, Arun, and S. K. Mullick. "Nonlinear dynamical analysis of speech." The Journal of the Acoustical Society of America 100.1 (1996): 615-629.」

参考書籍

合原一幸(編). "カオス時系列解析の基礎と応用" 産業図書(2000).